鳥取砂丘に行って来ました!!

こんにちは、腱引き修行中の金澤遼太郎です。今回は鳥取砂丘と近くにあった砂の美術館に行って来ました。

鳥取砂丘

鳥取市の日本海岸に広がる広大な砂地です。南北2.4km東西16kmに広がります。

僕は砂丘に行く前になんであんなに大きな砂地ができたのかが気になったので調べて見ました。

【1】中国山地の岩石(花崗岩・安山岩・玄武岩など)が風化作用を受け、もろくなって砂となります。                     
【2】砂は雨に流されて千代川によって運ばれ、日本海へと流れでます。【3】日本海の海底に堆積した砂は沿岸流と波の働きによって岸へ打ち上げられます。

【3】日本海の海底に堆積した砂は沿岸流と波の働きによって岸へ打ち上げられます。

【4】打ち上げられた砂が強い北西の風によって内陸へと運ばれ、これらが長い年月繰り返されることで鳥取砂丘ができました。

https://www.pref.tottori.lg.jp/153178.htm

という風にできたみたいです面白いです。次に写真をのせて行きます。

砂丘の写真です。頂上まで着くのにかなり苦労致しました。なにせ砂にかなり足が取られますからね。

砂丘と僕の写真です。

初めてこんなに大きな砂地に来て良い経験ができました。砂を直接触って見たのですがとても細かくてサラサラでした。さすが風に運ばれて来ただけありますね。

砂の美術館

砂の美術館とは鳥取砂丘のすぐ近くにある美術館です。なんと、世界初の「砂」を素材にした美術館です!僕が行った時期は南アジア変〜信仰が息づく多様な文化と平和への道を訪ねて〜というテーマで展示が行われていました。

中の入ってみるといきなり巨大なガンジーさんとご対面です。

ガンジー

正式にはモハンダス・カラムチャンド・ガンジー。
日本では、慣例的にマハトマ・ガンジーと呼ばれているが、「マハートマー」は偉大なる魂という意味でガンジーの尊称である。
インド独立の父と呼ばれ、「裸の聖者」と尊ばれた。
インドのグジャラートで生まれ、ロンドンに留学して弁護士となり、南アフリカで商社の弁護士として20年間つとめていた。そこで白人によるインド人差別に対して、暴力を用いず相手に不当と悟らせようとする非暴力運動を起こした。
1915年にインドに帰国し、対イギリス独立運動組織の国民会議派に加わって、非暴力運動によってイギリスと戦い、何度も投獄されたが、不服従運動を唱え、大衆とともに行動し、ついには独立を勝ち取った。
第二次世界大戦後、インドはヒンズー教徒とイスラム教徒の国に分かれて独立した。1948年に狂信的なヒンズー教徒に暗殺されるまで、両教徒の融和のために尽力した。

毛呂山町

そうです。

明日死ぬかのように生きよ。

永遠に生きるかのように学べ。

握り拳と握手はできない

と言った名言も残されています。

非暴力をうたい何度も投獄されながらも独立を勝ち取った不屈の精神には感服致します。また、僕は腱引きの修行中です。ガンジーさんの名言どうりしっかり学んで行きたいです。

ガネーシャ

次にガネーシャと写真を撮りました。

太鼓腹の人間の身体に 片方の牙の折れた象の頭をもった神で、4本の腕をもつ。障害を取り去り、また財産をもたらすと言われ、事業開始と商業の神・学問の神とされる。インドのマハラシュトラ州を中心にデカン高原一帯で多く信仰されている。ガネーシャの像の中には杖を持っているものもおり、この杖は「アンクーシャ」と呼ばれている。

wikipedia

なんと、事業開始と商業の神・学問の神とされるそうです。腱引き修行中で、開業予定の自分には本当ありがたい神様です。お目にかかれて光栄でした。

その他ギャラリー

こうやって見るとわかる通り立体感がとてもありました。砂の彫刻の特徴はやはり立体感と色が無いので想像力を働かせれるところでしょうか。

鳥取砂丘満喫できました!